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ー略


    一般的には、寿命は命の限界、あるいは制約としてとらえられ、生が善で、死は悪という
    価値観に至る。だから、何とかして長くのばしたいという欲望が際限なく続く。哲学者の
    ショーペンハウアーに言わせれば、その欲望が行き着く先は「生きんとする盲目的な
    意志」の虚しいぶつかりあいである。

     生物の進化という力学的な側面から寿命を考えれば、いつ死ぬべきかということも、
    重要な適応戦略の一つである。つまり、自然選択のかかり方が変われば、医療など全く
    なくとも寿命は簡単に延びる。それぞれの生物に適した死に時があり、長く生きるほど
    適応上よいというものではない。



ー略


     最後に、強調しておきたいことがある。「生物として自然な行動であるから、人として
    正しい行動である。あるいは正当化されるべき行動である」という短絡的な論理に基づく
    話が世間でもてはやされることがある。しかし、それは明らかに自然主義の誤謬とよぶ
    べきものであり、自然から学んだというに値しない。生物として自己の利益を追求するという
    内在的な重力から逃れられないのであれば、それを理解した上で、いかにその弊害を
    解決し生きるべきかを考えるのがヒトである。昆虫の社会進化の方向が、カースト分業の
    発達と個体としての自立性の喪失であるならば、人類の歴史は、個人の自由と機会の
    平等を獲得してきた歴史である。しかし、その尊厳されるべき人権は、獲得や維持の
    ためにあまりにも多くの血が流れ、また、いつ失われるかわからない危うさを残している。
    進化し続けるミームは、ヒトにかつて手にしたことのない力を与え続ける。それは、ヒトが
    自らのあり方を常に問い続けなければならない存在であることを意味する。迷いながら
    生きるということ。昆虫にはない「人」としての尊厳は、そこにあるのではないだろうか。


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*「シロアリ
     - 女王様、その手がありましたか!- 」

   松浦健二著   岩波科学ライブラリー202

*ミームとは、イギリスの進化生物学者リチャード・ドーキンスが作った造語で、
遺伝子(ジーン)に対し、「人の脳から脳へと伝わる文化の単位」という概念

*写真は 文旦の花